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ストレスは捨てます。
徹夜は、つらい。
非効率だ。
歳とるほどにそう思う。

でも、そうしなきゃ間に合わない仕事もあるわけで。
それはいい。仕方ない。

問題は、家事全部、私ってこと。

炊事・洗濯・掃除・・・。
そりゃ通勤時間はゼロですよ。自宅で仕事だから。
でも、仕事しつつ、家族の家事全部ってストレス。
ものすごいストレス。

私も、あんまり忙しいときは、ご飯作らないでお弁当買ってきてもらったりするけど、
今までずーっと真面目に家事全般やっていたから、
家族は私がてんてこまいしているのを見ながら、いつものんびり遊んでいるの。
私のこと、気遣いもしないの。
それがストレス。

で、決めた。
もう家事しません。

昨日も帰りが遅くなる予定だったから、息子に自分でご飯作ってとメモ置いて出た。
これですよ。

前はきちんとご飯作ってから出ていたんだけど、それ、ストレス。
忙しいし。
でもって、奥ゆかしい日本人である私は、そのストレスをため込んでいたのね。
これは良くないよね。

何をどうすればストレスがなくなるか。
そっちに頭と身体を使わないと。

そろそろ、忙しいときのご飯作りから卒業しよう。
自分のご飯ぐらい、たまには自分で作ってみようよ。
まずかろうが、なんだろうが、まず、やるっきゃない環境においてあげよう。
それの方が親切かもね。
ふっかけられた方は、「親切」なんて思ってもないでしょうが。

もう一人でキリキリしません。


# by denden_ok | 2012-05-22 15:55 | つれづれ | Trackback | Comments(1)
英語
英語で自己紹介だの、質問に答えていると、
自分がものすごく自信のない人に思えてくる。

日本人って、あんまり人を誉めないし、自分のこともこうだよって誉めない。
謙遜が美徳。
それって、英語にすると、ものすごく変な感じ。
付き合いたくないわ、こんな人になってしまう。

もっと明るく、さっさと動いたらどうよ。
もっと自分を認めなよ。そんな他人の言うこと信じなくていいよ。
他人の基準を自分に取り込まなくていいよ。
日本人はこうだから、なんて言う必要ないよ。
そう、「英語」が私に言うんです。

不思議なもんだなあ。

不思議といえば、高校のときから英作文は得意。
でも、和訳が不得意。
一般的には反対なんだよね。
readingはできるけど、writingは多くの人が苦手。

ともかく、電子辞書を息子から取り上げて、あーでもない、こーでもないと英文をこねる日々。
さきほど書いたものは、
「私はトム・クルーズじゃないから、そんなmission impossibleなことはできない」でした。

# by denden_ok | 2012-05-15 02:18 | つれづれ | Trackback | Comments(11)
畳と襖
年頭の決意の一つ、「畳を変える」を、やっと実行。
ついでに襖も変えた。
(見ての通りボロボロな襖)

聞こえなくて電話できないから、ネットで調べ、
自転車で30分ぐらいの畳屋さんに行き、直接交渉。

畳って古いのを処分する場合、お金がかかる。
だいたい、どこでも一畳2100円。
そこは、それを1000円でやってくれるという。
しかも畳と同時に襖もできるという。じゃ、お願いしますと。

見積もりに来てくれたとき、畳のサンプルをたくさん見せてもらった。
畳って、高級品はぜんぜん違うんですね!
“目”が緻密。裏側の補強もすごい。
勉強になりました。

うちは猫がいるので、職人さんは一番安いのでもと言ってくれたけど、
安いものから3番目、一畳12,000円のにしておきました。
ちょっと耐久性が上がるんです、これ。
新畳で12,000円。
フローリングの値段を考えると、畳って安いしすごい。
(古い畳をあげたところ。まー君チェック中。クローゼットはイケアの安いの。)

畳の縁は迷いに迷った。
当初、部屋を広く見せたくて、畳と同じグリーンな色調でおとなしいのを考えていたけど、
職人さんオススメのは濃い茶色。よく見るパターンのね。

でも、それはちょっとと思って、サンプルを机の上じゃなく、
下に直に置いてじっくり見てみたら、意外に派手なのがいいように思えてきた。
ピシッと決まるというか、畳らしくなるというか、品が生まれるというか。

で、「あさぎり」という柄の、地は茶色だけれど、紫に見えるのにした。
これが正解で。
モダンな感じと和室らしさを備えた、いい柄。

襖の柄も散々迷った。
当初は、ほぼ白に近い無地を考えていたけれど、
洋風な襖紙はなんだか「違う」ような気がして、
薄いグリーンに、もわもわっと銀色のシミが浮き出ているような、
珪藻土の壁みたいなのを選ぶ。

これもできてみると、畳のグリーンとよくマッチして、我ながらいい選択。
見積り日からちょうど1週間で入れてくれた。それが昨日。

朝、古い畳を持って行って、夜8時頃に新しいのを持って来てくれ、
入れ替えが全部終わったのが10時近く。全部、職人さん一人でしてくれて。
ほんとうにお疲れさまなのです。
職人さん、実に実にいい人。ラッキーでした。

父の葬儀のときも思ったけど、「普通」にお葬式できたこと、
今、「普通」に畳を変えられたこと、その「普通」さがありがたい。
被災地では、何もかも失っているんだよね。
なんでも「普通」にいかないんだよね・・・。

拾った猫たちがボロボロにしてくれた廃墟な和室。
でも、あの子たちがボロボロにしてくれたから、全部変えられた。
そうじゃないと、うすら汚れたままで、ずーっと我慢していたかも。

真新しい畳は、気持ちが引き締まるね。
清々しいわ。

# by denden_ok | 2012-04-28 09:11 | つれづれ | Trackback | Comments(9)
理研に遠足 その2
理研でびっくりしたこと、それは女性研究者がけっこう多かったこと。
理研は特に働きやすい環境なのかもしれない(確認してない)。

たとえば、説明要員としてずーっと展示部屋にいるママさん研究者。
ママさんは立って、その娘さんが椅子にすわってる。
娘さんは時々、ママを見上げて誇らしそう。とても嬉しそう。
なんて微笑ましい光景も見ました。

また別な展示で。
そこは、「理系女子」さん向けに、
論文の作り方や仕事の進め方、結婚して働き続けること、などをビデオで紹介。

「研究者は時間も進め方も自分で決められるので、女性にとって働きやすい」。
「ただ、子どもができてからは、子どもができる前の3〜4時間
(2〜3時間だったか?)、働ける時間が少ない」
「その分、時間内で集中してやる」
などなど、若い20代と思われる女性研究者さんが、
ママさん研究者にインタビューという形で紹介していたのね。

若いインタビュアーさんは、ずばり聞く。
「やっぱり仕事を続けるコツは、イクメンと結婚することですか?」
「そうですね」
「どうやってイクメンを見つけるの?」
「学部時代から気を抜かず、イクメンのキャパのありそうな人を見極める」

思わず笑ってしまった。
さすが、研究者さん!! えらい! ブラボー!

普通、「気を抜かず」とか「見極める」なんて言葉、使わないもの。
で、ちゃんと学部時代から意識してると。
ま、半分、冗談かもしれないけど、いやいや、しっかりしてます。

ビデオが終わってフト横を見ると、
インタビューしていた若い女性研究者さんがいたので、
「おもしろかったです」と伝えた。
とてもきれいな人なんですよ。

おかしかったのは、私が
「私も一応理系なんですけど、私たちの時代、女性は企業のお嫁さん候補。
私の同級生で研究をしている人は一人もいない」と言うと、その方、
ものすごくびっくりしまして。
息止まっちゃった? というぐらい目を見開いていました。

実は私の行った学科は、広く浅く、まったく研究なんかしていない変な理系。
遊んでいても卒業できる。遅くまで実験で残るなんてこともない。
だから企業から、「あそこの大学の理系は、何にも知らない」と言われてたそう。
でも就職は抜群で、みなさん、商社、銀行、電機系など
固いところにスラスラ入社してましたね。
ほんと、「時代」というものを感じます。

あと30年遅く生まれていたら・・・。
なんてことをちょっと考えてしまった。

とにかく、女性研究者さんがずーっと幸せで、元気に働けるよう祈ってます。

*「ママさん研究者」「女性研究者」と書きましたが、こういう言い方、自分でも嫌いなんですよね。表現の都合上、わかりやすくするために書いただけ。
「パパさん研究者」「男性研究者」なんて言わないしね。
# by denden_ok | 2012-04-23 21:01 | つれづれ | Trackback | Comments(0)
理研へ遠足 その1
昨日(21日)は、仕事がはかどらなく、理研(理化学研究所)に脱走。
行く前は、スパコンの「京」を見ようと思っていたのに、
途中から、介護ロボの実演があったと思い出して、
そちらに目的をシフトしたら、
理研に着いたときには「京」のことはすっかり忘れてしまった。


理研は年に一度一日だけ一般公開している。
どんなオタクばっかり行っているだろうと思っていたら、
ふつーの家族連れが休日、無料で遊べる場としてたくさん来ていた。
やっぱすごいよ、日本。こんな専門的なところに家族が大勢って。

でも、子どもはいたずらする。
勝手に器機をさわりまくって、マウスを係員に渡さない。
その係員が注意しないので、私が注意したら、子どもがキレた。
やれやれ。

というようなことはあったけれど、展示が思いの外、楽しくて!!
たったの2時間しか見られなかったのが、悔しかった。
来年は朝から行かないと。

介護ロボ、新聞でも記事が出ていたのでご存じの方も多いと思う。
床からベッドなどに人を移すためのロボット。
そいつは1人だけでは仕事できなくて、介助する人が必要だから、
あまり自立したロボットとはいえないけれど、
もうもう、人いっぱい見に来てて、大人気!
狭い部屋に80人ぐらいはいたと思う。

特に子どもにウケていた。
ま、子どもにはあそこの研究はなにがなんだかさっぱり、
パネルも日本語として理解できないから、
見てパッとわかる展示は人気があるのもうなずける。

しかも介護ロボ、絵文字っぽい顔してるんだよね。
こんな感じで。(・ω・) いや、あれは熊のつもりなのかな。
その熊ちゃんが、人をお姫様抱っこで運ぶ。
なかなかできたヤツです。

家庭での利用は難しいけれど、施設や病院では役立ちそう。
移乗を手伝ってくれる人に、「私、重くてごめんなさい」なんて思わなくていいし、
ロボット、いいじゃないか。

このロボットを見た後は、遺伝子治療の展示を見て回る。
ちょうど仕事に関係しているから。

マウスを病気にさせたビデオは見ていて痛々しく、ため息が出てしまったが、
遺伝子に働きかけることで、
今まで治療法が全くなかった病気の研究が進んでいるんだよね。
たとえば、ダウン症、筋萎縮症(ALS)、痴呆症。
実際に薬が開発されているものもあって、日本で500人ぐらいの患者数であっても、
治すための薬があったりする(これは仕事で得た情報)。

「薬や技術は最新のものが尊ばれ、なぜに人の場合は新人研修医は頼りないと思われるのか」
お医者さんの、そんな身も蓋もない意見が頭に浮かぶ。
すばらしい開発だと思うし、進んでほしい研究だけど、
人の健康に関することは、薬だけでは解決しないよね・・・。
医療システムから社会整備、回りの人の意識までひっくるめないとね。
# by denden_ok | 2012-04-23 02:13 | つれづれ | Trackback | Comments(1)
宝物
今回の葬儀で痛感したのは、親が子どもに残してくれる最大の宝物、
それは兄弟だということ。

私には、兄に弟、妹がいて、兄とは滅多に連絡しないけれど、
弟も妹も、それなりによく連絡してくれる。

特に今回、妹には本当に世話になりっぱなしだった。
誰かが分からないことも、違う誰かに聞けば、すぐにわかる。
ほんと、兄弟って役に立つ。

しかも、一人で抱え込まなくていい。
親の葬儀を一人でしなきゃならなくなると、そりゃ大変よね。

うちは一人っ子・・・。only son.
ほんと子不幸なことです。
ごめんなー、息子。
# by denden_ok | 2012-04-04 15:43 | つれづれ | Trackback | Comments(24)
よいお葬式でした
お葬式に、「よい」も「悪い」もないかもしれない。
でも、父のお葬式、私は「よい」と思いました。

3月に入って、父の容体が刻一刻悪くなり、
妹がお見舞いに行って、兄一家も行って、そして最後に私が行きました。
みな、別々です。

私が行ったのは、3月19日。
その3日前からモルヒネが投入され、意識もほとんどなく、
ただ、うなされている父がいました。

私が病室に入ると、母から「見て」と、
父の体液と血液の混じったおむつを、まず見せられました。

それでも、そのときはまだ体温も呼吸もあるし、
こちらが話せば分かってくれているような感じだったんですよね。

常に付き添っている母と弟が席を外したときに、
父の手を握り、頭をなでて、「痛い?」と父に聞いていました。
そのうち、「痛い?」より、「大丈夫」と言った方がいいかなと思って、
「大丈夫だから」なんて、まあそんな嘘をよく言うよねってことを、
話しかけました。

私が父の病室に着いたのは、19日の午後3時過ぎぐらい。
夕方までいて、そこから近くのホテルに弟の車で一旦移動。
チェックイン後、ホテル下のうどん屋さんで630円のきつねうどんを食べてから、
歩いてまた病院へ(徒歩25分ぐらい)。

すると、コソコソ、母がどこかに電話する。
あとで分かったのですが、このとき、母は自宅に帰っていた弟に電話して、
「姉ちゃん来たから早う迎えにきて。連れてって」
なんて言ってたらしい。
いやいやいや、おかしな母です。

この夜に行ったとき、父はけっこう目を開けていて、
母は、「ホテルの門限って何時?」と私に聞いたりしたものです。
(ひたすら私を帰そうとするのです。田舎では夜に外を歩かないからね。)
で、緩和ケア棟の扉に鍵がかかるのが9時なので、
8時半頃、病室を後にしました。

翌朝は、弟と10時過ぎに訪問。
弟には、いつも父用の病院食を食べているらしい母に、
外のご飯を食べに連れ出してもらう。

この20日の朝、父の血圧はかなり低くなっていました。
19日にはお医者さんが「今週中」と言い、
この日は看護師さんが「明後日?」なんて言う。

ではしばらく居なきゃと思ったものの、
21日午後に息子の国立大学合否が分かり、
まだ大学をどこにすると決めてない息子は、
私が帰省する前に託した入学金を私大に振り込んでないと言う。
国立の合否を見てから決めたいと。

結局、ものすごく迷った末、まだ明後日までもってくれると信じて、
20日の午後、一旦帰ることにしたんです。

21日正午、息子の国立大学合格が分かり、妹から母に報告してもらう。
父にも報告してもらうものの、実はこの日の朝、
血圧の下がもう計れなくなってしまったのです。

そして、夜9時。
弟からのメールで、父の死亡を知りました。

看取れるチャンスがあったのに、
こちらに戻ってしまって、最後の最後まで親不孝・・・。
なんともいえない気持ちを押し込めて、また明日から帰省するための準備。

23日お通夜、雨と風が強い大荒れの天気。
24日お葬式、晴れたけれど、風は強い。

父は、お葬式はにぎやかにして欲しいと遺言していたので、
普通にセレモニーホールで執り行いました。

お通夜、お葬式、だぶっている人もいますが、280人の人が来てくれたそう。
本当にホールいっぱいの人でした。

私は今まで、お葬式は家族葬でいいと思っていたけれど、
普通のお葬式もいいもんだ、
たくさんの人にお別れを言ってもらうのもいいよね、
そう思ったんですよね。

なにより、うちの菩提寺の住職さんが、幼なじみで、かつ同級生の友人。
その彼にお経をあげてもらえて、お葬式なのに、感動というか、
嬉しいというか、胸がいっぱいになりました。

一緒にお寺の中を走り回っていた幼なじみが、
とても立派なお坊さんになっているんです。
感激でした。

だから、ほんとうに「よい」お葬式だったと思います。
最後を看取れなかった後悔は残るんですけど、
田舎のお葬式は、斎場でお骨を拾った後、お寺に行き、
そこでまたお経をあげてもらい焼香、
位牌の説明を受け、もう一度、お経をあげてもらい焼香。
そのあと、墓地に移動。

その墓地に、遺骨を埋め、卒塔婆を立て、竹槍を49本差し、
あとは、お米・お塩・味噌の乗ったお盆などを祀る。
遺骨を埋めるときは、一人ひとり、スコップで土をかけてあげる。

そして、またお経をあげてもらい焼香。

ここで終わりじゃなくて、今度は自宅に移動。
自宅の仏壇を前にして、またお経をあげてもらって焼香。

何度も何度も、お経をあげてもらう過程で、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
死を受け入れられる、と申しますか、ちゃんと見送っている気持ちになってくる。
弱い人間が、形式を借りることで、日常に戻れるというのかな。

形のきちんとあるお葬式のよさを見直せて、
私も死んだら、遠くに海を望めるあのお寺の墓地に埋めて欲しいわ、と思いました。
(無理?)

妹から入った最新情報によると、これは49日の法要まで一気にやったとか?
ほんと? そんなことあるの???

# by denden_ok | 2012-04-03 16:44 | つれづれ | Trackback | Comments(2)
のりと1年
震災1年。
もう1年もたつのに、なんにも変わってないような気がする。
復興、本当には進んでないでしょう。
原発も、まだまだ危ないし(本当にこわいよ、これ)。

そんな1年目のこの日、宮城県の、のり工房「矢本」さんから荷物が届いた。
自分で注文したのりなんですけどね。

ディスカバリーチャンネルというCS放送では、今、復興関連番組を集中的にやっていて、
そのなかで、のり養殖の話しがあったのよ。

一生懸命、手間と愛情をかけて育てて、
一生懸命に出荷しているのを目の当たりにしました。

「(震災のあった)今年、出荷できるとは思わなかった。
でも、やればできた!」
漁師さんの一人は、娘さんを亡くして、仮設住宅に住んで・・・。
娘さんと一緒に喜びたかっただろうなあ。

地道に私も応援させていただきます。
のり工房 矢本
# by denden_ok | 2012-03-11 10:35 | つれづれ | Trackback | Comments(0)
男性と母親
それでね、父や、いろんな男性を見てて、
「男の人は、母親に“きちんと”甘えられて、そこで初めて自立するんじゃないか」
と思ったんですよ。

父の寂しさを感じていたから、
息子はガツガツ可愛がろうと思って育児していたけれど、
私がどうがんばろうと、子どもは勝手に育つし、
勝手にいろんなことを思っているよね。

今、NHKの朝のドラマ「カーネーション」に、
「若いあほボン」と主人公に言われる若者が出てくる。
呉服屋の跡取り。ぼんぼん。

それを見て、息子は笑っているけれど、
国立後期の試験日を間違えて覚えていた君も、
そうとうに「あほボン」と思うぞ。

わが子のことを「アホ」と呼ぶな、とも思うけどさ、
試験日間違えるって、なんじゃ、もう。

でもまあ、息子は、その、のんびりしたところが長所でもある。
人の悪口は、まず言わないですね。
いい子に育ってくれたと思います、ありがたいです。
先日、二十歳になりました。
# by denden_ok | 2012-03-09 11:09 | つれづれ | Trackback | Comments(5)
雨と桜
雨を見ながら、今年に入って一気に病状が悪化した父のことを思う。

今月末か4月初めにまた帰省して、父を車いすに乗せて、
お花見に行くつもりだった。
それがもう無理っぽいと・・・。

父は、桜の花が好きだったんだよね。
去年も今頃、体調を崩して、「桜見られない」と言うので、
桜の盆栽を贈った。
その盆栽桜は、ちゃんと咲いて、しっかり役目をはたしてくれた。

今年は、どうしたらいいのだろう。

まだ緩和ケアには移れてないようだが、
緩和ケアは、24時間面会OKと知って、かえってショックを受けた。

父とはスッタモンダありました。
伝え聞くところによると、
殴ったりしたことを私に申し訳なく思っていると。

いやあ、大丈夫、大丈夫。
おかげさまで強くなれました。

「教師のくせに、表の顔(学校)と裏の顔(家)が違う」と思って、
ずいぶん反発もして、
「私は、絶対に教師にならなーーーい」と思っていたけれど、
仕事でたまたま中学生に教えることになったら、
意外に向いているかなって思ったりもしたんだよね。
まあ、父は、生きるために仕方なく先生になったんだけどね。

生徒から「バナナを食べているところは、ゴリラそっくり」と言われつつ、
人気だけはあったよう。
そうした本来の明るさと同時に、
養子に出され、実の母に育てられなかった暗さがありましたね。

その暗さが、わが子の子育てのときに爆発してた、
暴力は自分の子どもに甘えていたんだと気づけたのは、
私が子どもを持ってから。

父ちゃんもつらかったんだね。
気兼ねなく甘えられる人がいなくて。

でも、母にはずいぶん甘えられて、ずーっと仲良しでよかった。
本当に夫婦仲は、はたからみて、よかったです。

二人で、台所でインスタントコーヒーをしみじみ飲んでいたり、
二人で、ラーメンを食べに行ったり(子どもはおいてけぼり)。
ケンカもたまにしていたけれど、ある時期までは、
お布団も一つで一緒に寝ていましたね。

存命中に、こんなこと書いていいのかよって自分で思うけれど、
書くしかないんだー。

悪い娘でごめんなさい。

# by denden_ok | 2012-03-09 10:57 | つれづれ | Trackback | Comments(0)
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